【要約】重要なのは治療ではなく付き合い方である。 嫌われる勇気 第二夜 まとめ その1

前回の記事:変えられないものにどんな意味を与えるか。 嫌われる勇気 第一夜 まとめ

変えられないものにどんな意味を与えるか。 嫌われる勇気 第一夜 まとめ

嫌われる勇気』第二夜の前半を要約する。

第二夜はボリュームが多く、内容も若干難解なため少し分かりづらいかもしれない。

最後には個人的に理解を妨げる要因になった個所を挙げるので、理解の助けになれば幸いである。

必要なのは症状を治す事ではなく、「勇気づけ」である。

目的論に異論を唱えるべく、再び哲人の書斎に訪れた青年。

彼の言い分は「全てが目的で説明出来るのであれば、私はなんのために自分自身を嫌っているのか」である。

そこで、哲人は以前カウンセリングしたという赤面症の女学生の例を挙げる。

赤面症を治して意中の男性に告白したいという彼女は、赤面症という症状がある事で、「赤面症さえなければ彼と付き合えるかもしれない」という可能性の中に生きる事が出来るから、それを必要としているというのである。

これは上がり症にも当てはまるかもしれない。

例えば、就職活動の面接で過剰に上がってしまう人の場合、それは「上がり症がなければ上手くいくのに」という可能性を残しておきたいからかもしれない。

このような場合に、上がり症や赤面症といった症状を治すだけでは無意味である。

治っても上手くいかなかったら・・・と自信が持てないからその症状を必要としているのであり、まずはどんな結果でも受け入れる勇気を持つ事こそが重要なのである。

そして、それがアドラー心理学での「勇気づけ」というアプローチだ。

この考え方に当てはめると、青年は「他人に嫌われ、対人関係で傷つくのを恐れるがあまり、自分を嫌っている」という事になる。

こんな自分だからどうせ嫌われてしまう。だから対人関係で一歩踏み出すのをやめて自分の殻に閉じこもっておく必要がある。そのためには自分自身に嫌われるような自分が必要なのである。

この場合も、単に自分を嫌わない自分になる事に意味はない。

対人関係で一歩踏み出す勇気こそが必要なのである。

全ての悩みは「対人関係の悩み」である。

では、青年のように対人関係で傷付く事を恐れている人にどうやって勇気づけをすれば良いのか。

アドラーは言う。対人関係で絶対に傷付かない方法などないと。

そして「人間の悩みはすべて対人関係の悩みである。」と。

対人関係とは一見無縁に思える「孤独」ですら、他者の存在によってもたらされるのである。

つまり、青年の悩みは青年独自の特殊なものではなく、むしろ普遍的な、全ての悩みの根源なのである。

劣等感はあって当たり前。

青年が抱く「自分が嫌い」という感情。これには「劣等感」という表現がぴったりくる。

この「劣等感」という表現を今使われているような文脈で使ったのはアドラーが最初だと言う。

この劣等感は、自分の特性に対する自分自身の「意味づけ」によって生まれるのである。

しかし、そもそもなぜ自分の特性に対して劣等性の意味づけをしてしまうのか。

そこには、「価値」という、多数の他人の存在によってもたらされるものが影響している。

貨幣に与えられた価値が虚構にすぎないにも関わらず、我々の生活に確かな影響を与えているように、価値によってもたらされる劣等感も、対人関係の悩みと言い換える事が出来るのである。

そしてそれは、決して無くす事は出来ない。

むしろ、劣等感とは人間が前に進むために必要なものである。

おまけ

第二夜はボリュームが多く、また個人的には難解に感じるのでここで一旦区切って整理してみようと思う。

あくまで個人の意見だが、本書のこの辺りには不要な描写があり、劣等感を持つべきではないかのように誘導されてしまう。

第二夜をもう少しまで読み進めれば分かることではあるが、実はそうではない。

私が不要な描写と思うのは以下の部分である。

もし、 この 世界 に わたし 以外 の 誰 も 存在 し なけれ ば、 わたし は 1 ドル 紙幣 を 冬 の 暖炉 に くべ て しまう でしょ う。 鼻紙 に 使う かも しれ ませ ん。 それ と まったく 同じ 理屈 で、 自分 の 身長 について 思い悩む こと も なかっ た はず です。

引用元:岸見 一郎; 古賀 史健. 嫌われる勇気 (Kindle の位置No.920-922). . Kindle 版.

「この世界に私以外の誰も存在しない」という状況はありえない事なので、この例え話はいらないと思う。

しかも、すでに出た「宇宙にただひとり・・・」というのと同じ構図である。

逆に、ここに引っかからなければこの後の劣等コンプレックスの話も理解しやすくなるはず。

嫌われる勇気