アニメ映画 手塚治虫のブッダ 視聴感想

今回はアニメ映画『手塚治虫のブッダ -赤い砂漠よ!美しく-』の感想を書く。

今読んでいる『サピエンス全史』の途中でブッダに関する記述があり、以前から気になっていた本作をどうしても観たくなり、Amazonのプライムビデオを利用した。

オススメ度:★★★★☆

他の宗教とは一風変わった趣のある仏教の教えの中身を掴むための最初のとっかかりには最適な作品だと思う。

これは歴史ではなく神話である。

サピエンス全史』は歴史の本である。

そこに登場したブッダは、あくまで歴史上の人物。

しかし、この作品にはタッタという、動物に乗り移って自由に操る能力を持つ不思議な少年を始め、超常現象が所々に登場する。

この事から、この作品は完全なフィクションであり、神話であると言える。

しかし、ブッダという人物がどんな時代にどうやって誕生し、どのような考えを広めて仏教の祖となったのかを掴むのには最適な作品だろう。

苦しみの根源はカースト制

本作では、観ている我々の心を締め付ける様々な出来事が起こるが、その大元にあるのはカースト制に他ならない。

カースト制はバラモン、クシャトリヤ、ヴァイシャ、シュードラの4階級で形成される社会である。

本作中では最下層の奴隷であるシュードラの苦しみに焦点が当てられる。

産まれながらにクシャトリヤの頂点に位置するシャカ国の王子である、シッダールタがシュードラの民の苦しみや身の周りの人々の死に直面して苦しみ、出家を決意するまでがこの作品では描かれている。

ちなみに、現代のインドにもこの制度は根強く残っているが、現代ではシュードラは一般的に労働者を指すようで、さらにその下層の、市民としての人権を認められないアチュートと呼ばれる人々の問題が残されている。

そもそも、仏教はインドで生まれたにも関わらず、現在のインドで大多数人々が信仰しているのはヒンドゥー教である。

中国や日本も決して熱心な仏教国ではないのはご存知の通り。

これは、ブッダの教えである仏教がキリスト教とは全く異なり、何らかの行動を強制するものではなく、また、宣教して広める性質のものではないからである。

教えを学んだからと言って簡単に解脱出来る訳でもなく、長い人生を掛けて少しずつ自分のものにしていくという点は、哲学に近いかもしれない。

手塚治虫のブッダ -赤い砂漠よ!美しく-