罪深くも悲しい農耕民 サピエンス全史 読書ノート 第5章

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前回の記事:サピエンスが招いた最初の大量絶滅 サピエンス全史 読書ノート 第4章

最近至る所で話題になっている『サピエンス全史』第5章の読書ノートである。

この章も驚きとともに新たな視点を与えてくれた。

農業革命による種の繁栄と個の不幸は、虚構の持つ力の裏と表の関係なのではないだろうか。

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農業革命の始まり

第5章より、第2部『農業革命』に移る。

これまでの第1部では、ホモ・サピエンスは認知革命により食物連鎖の頂点躍り出て、狩猟採集民として居住場所をどんどん広げていった。

そして、大型動物をはじめとするたくさんの動物種たちを絶滅させながら世界中に散らばって行った。

そんな中、ある地域に住む特定のサピエンスの集団の中から、ある特定の種類の植物や動物を飼育するものが現れた。

農業革命に対する認識が変わる

私のこれまでの認識では、狩猟採集民は野蛮で原始的な民族で非常に不安定で不安に怯える生活をしており、農耕民として定住するようになって初めて安定し、文化的で近代的な生活を送る事が出来たと思っていた。

だが、本書で描かれる農業革命はそれとは全く違った認識を与えてくれた。

サピエンスの大半は自ら農耕民としての生活を選んだわけではなく、ただ単にもう狩猟採集民には戻れなかったり、農耕民に変わらざるを得なかっただけなのだ。

家畜の家畜?本当の家畜は誰?

本書では、ホモ・サピエンスが植物を栽培したのではなく、植物がホモ・サピエンスを家畜にした、とされている。

1万年前までは中東の狭い範囲に生息していた草の一種に過ぎなかった小麦が、人間の力を借りて世界中に繁殖したからである。

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そして、小麦の栽培のためにホモ・サピエンスはそれまでの少数の狩猟採集民としての自由で快適な暮らしから、病気や飢えのリスクの高い農耕民としての暮らしへの変更を余儀なくされた。

しかし、この構造は家畜動物とも同じである。

牛や豚や鶏は、人間の家畜となる事で世界中で繁殖している。

先ほどの小麦の論理で言えば、人間は家畜動物の家畜という事になってしまう。

農業革命による繁栄、進化、成功、そして不幸

本書に書いてある通り、人間が家畜動物にしている残酷な仕打ちを前提にすれば、我々の側を家畜と呼ぶ気には到底なれないのは分かるが、小麦や稲にとっても、人間に栽培される事が幸せかどうかは分からない。

農業革命によって圧倒的に数を増やしたホモ・サピエンスと動植物たちは、悪魔の取引をしてしまったのだろうか。

とにかく、数を増やすという分かりやすい繁栄が、個々にとっての幸せに結びついていないのだけは確かである。

サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福

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サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福 – ユヴァル・ノア・ハラリ & 柴田裕之

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